「近くの川はあふれていない。それなのに、どうして道路が水につかるのだろう」
水害というと、増水した川から水が流れ出す場面を思い浮かべるかもしれません。しかし、街の浸水は、それだけでは起こりません。街に降った雨を、側溝や下水道などで排水しきれなくなって起こる浸水があります。これが「内水氾濫」です。
そして、もう一つ知っておきたいことがあります。「川があふれていない」と「川が浸水に関係していない」は、同じではありません。川の水位が上がるだけで、街から川へ雨水を流しにくくなり、内水氾濫につながる場合もあるのです。
この記事では、内水氾濫を「雨が強いから」という説明だけで終わらせず、雨水が街を通り抜ける仕組みから、危険な場所の見つけ方、大雨時の行動まで整理します。
公的資料の確認日:2026年9月7日。本記事は仕組みと備えの解説です。現在の危険度や避難の判断には、気象庁・自治体・河川管理者などの最新情報を確認してください。

内水氾濫とは?外水氾濫との違い
普段、街に降った雨は、地面にしみ込むほか、道路の側溝や雨水ます、水路、下水道の雨水管などを通って、川や海へ排水されています。地形によっては、自然に流すだけでなく、ポンプで水をくみ上げる仕組みも使われています。
この流れが追いつかなくなると、雨水が道路や宅地などにたまります。川から水が堤防を越えてこなくても、街の中で浸水が始まるわけです。気象庁の「河川、洪水、大雨浸水などに関する用語」でも、内水氾濫は河川外の住宅地などで排水が困難になって浸水する現象として整理されています。

| 種類 | 浸水が起きる主な仕組み |
|---|---|
| 内水氾濫 | 街に降った雨を排水施設へ取り込めない、または排水施設から川などへ流しきれず、雨水があふれる |
| 外水氾濫 | 増水した川の水が堤防を越えたり、堤防が決壊したりして、陸地へ流れ出す |
この区別は浸水原因の違いであって、危険度の順位ではありません。内水氾濫だから浅い、ゆっくり進む、命に関わらない、という意味ではありません。地下室や道路のアンダーパスでは、短時間で水深が増し、命を脅かす危険があります。
また、内水氾濫は、下水道が整備された大都市だけの現象でもありません。排水施設が十分でない場所や、周囲より低い土地なども、内水による浸水を考える対象です。
雨水が逃げられなくなる、二つの仕組み
内水氾濫は、街へ入ってくる雨水と、街から出ていく水の釣り合いが崩れたときに起こります。大きく分けると、入口側と出口側の二つの仕組みがあります。
入ってくる雨水が多すぎて、排水が追いつかない
一つ目は、短時間に大量の雨が降り、側溝や水路、下水道などで処理できる量を超える場合です。
排水口のある容器でも、出ていく水より入ってくる水が多ければ、水位は上がります。街でも同じように、雨水が集中すると、管の中から地表へあふれたり、そもそも排水施設へ取り込めない水が道路にたまったりします。川の水位がそれほど高くなくても、街の排水だけが先に追いつかなくなることがあります。
浸水したからといって、必ずしも排水設備が故障しているとは限りません。設備が動いていても、それを上回る雨水が集まれば浸水は起こり得ます。足立区も、排水設備のあるアンダーパスであっても、排水能力を超える大雨では冠水するおそれがあると「大雨時はアンダーパス等の冠水にご注意ください」で案内しています。
排水先の川が高くなり、街から水を出せない
二つ目は、雨水の「出口」に問題が生じる場合です。
自然に水を流すには、街側と川側の水位の関係が重要です。排水先の川の水位が上がると、街から川へ流れにくくなり、条件によっては川の水が逆流するおそれもあります。そのため、水門を閉めて逆流を防ぐことがあります。
ところが、水門を閉めても、街に降る雨は止まりません。そこで排水ポンプが雨水を川へ送り出す役割を担いますが、ポンプにも能力の限界があります。浸水の想定では、川や海の水位に加え、水門の閉鎖やポンプの運転条件なども考慮する必要があります。詳しい考え方は国土交通省の「内水浸水想定区域図作成マニュアル(案)」にまとめられています。
つまり、川の水が堤防を越えていなくても、川の水位上昇によって街の浸水が起こり得るのです。雨が弱まっても、排水先の水位が高い状態が続けば、街にたまった水がすぐに引かないこともあります。
都市化は、排水施設に届く雨水を増やす
同じ雨でも、地面の状態によって流れ方は変わります。
土の地面では一部がしみ込みますが、屋根やアスファルトに覆われた場所では、地表を流れる割合が大きくなります。都市化によって雨水がしみ込む場所が減ると、その分、下水道などが受け持つ雨水の負担が増えます。気象庁の「浸水キキクル」の解説も、地面の被覆や傾斜を考慮して浸水危険度を評価する仕組みを説明しています。
したがって、内水氾濫は「雨の強さ」だけの問題ではありません。どれだけの水が、どの速さで集まり、どこへ逃げられるか。雨と地面と排水施設を、一続きで考える必要があります。
同じ雨量でも、「降る速さ」で危険は変わる
雨量の数字は、水の量と時間の両方に置き換えて考えると、排水施設へかかる負担をイメージしやすくなります。
50mmの雨は、小さな街区でも大量の水になる
仮に、縦100m・横100mの範囲へ、一様に50mmの雨が降ったとします。この範囲に降る水の体積は次のようになります。
100m × 100m × 0.05m = 500m³ = 50万リットル
これは、雨量と面積から求めた仮定の計算です。実際に50万リットルすべてが道路に残るわけではなく、地中への浸透、排水、一時的な貯留などによって、地表に残る量は変わります。
また、「50mmの雨だから、浸水しても深さ5cmまで」ということでもありません。周囲の広い範囲から低い場所へ水が集まれば、その場所の水深は、そこで降った雨の深さより大きくなります。雨量と浸水深は別のものです。
総雨量だけでは、排水への負担が分からない
同じ合計60mmでも、「6時間かけて一様に降る雨」と「1時間に集中して降る雨」では、平均の降り方はそれぞれ1時間10mm、1時間60mmになります。
これだけで浸水する・しないは決まりませんが、短い時間に集中するほど、排水施設が短時間で受け持つ水の量は増えます。内水氾濫を考えるとき、総雨量とともに短時間の雨の強さを見る必要があるのは、このためです。
「下水道は1時間50mmまで対応できるから、それ未満なら大丈夫」のように全国一律の線を引くのは適切ではありません。排水施設や地形、排水先の水位は場所によって異なります。気象庁も、土地の特徴や過去の浸水害を踏まえて、地域ごとに危険度の基準を設定しています。雨量は重要な判断材料ですが、個々の道路や住宅の安全を保証する数字ではありません。
短時間の強い雨は、長期的に増えている
気象庁の統計では、全国のアメダスで観測された1時間50mm以上の雨の年間発生回数は、1976~1985年の平均約226回に対し、2016~2025年は平均約340回で、約1.5倍に増えています。観測地点数の変化を調整するため、1,300地点当たりに換算した値です。最新のグラフは気象庁の「大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化」で確認できます。
これは全国で観測された強い雨の回数であり、内水氾濫の発生件数ではありません。自宅の浸水確率が、そのまま1.5倍になったという意味でもありません。
それでも、街の排水に大きな負担をかける雨が増えていることは、「この場所に長く住んでいて、浸水したことがない」という経験だけに頼らず、備えを見直す理由になります。
浸水しやすいのは、川沿いだけではない
内水氾濫では、雨水が集まる地形と、短時間で水深が増しやすい空間を知っておくことが重要です。
見たいのは「標高」だけでなく「周囲との高低差」
雨水が集まりやすいのは、周囲より低い場所です。気象庁の「浸水キキクルを使うべき場所とタイミング」も、周囲より低い場所、アンダーパス、地下室を浸水害に注意する場所として挙げています。
ここから分かるのは、海抜の高さだけで判断しないことの大切さです。地域全体としては高い土地でも、その中に水が集まるくぼみがあれば確認が必要になります。自宅の敷地だけでなく、道路から玄関へ下がっていないか、駐車場所が周囲より低くなっていないか、といった見方も役立ちます。
これは、形だけで浸水すると決めつけるためではありません。ハザードマップや排水状況と照らし合わせる、確認の手がかりにするためです。
アンダーパスと地下空間は、早い段階から避けたい
道路や線路の下をくぐるアンダーパスは、周囲より路面が低くなっています。雨水が集まると、冠水によって車が動けなくなるおそれがあるため、冠水している場合は進入せず、迂回する必要があります。
地下室や地下の駐車場にも注意が必要です。地表の水が流れ込むと、限られた空間で水深が急に上がることがあります。地上の道路がまだ広く浸水していないからといって、地下も同じ状態とは限りません。街全体の見た目ではなく、自分がいる場所の高さと出口を考えることが必要です。
ハザードマップとキキクルをどう使い分ける?
ハザードマップは「その場所が持つ弱点」を、キキクルなどの防災気象情報は「いま危険度がどこで高まっているか」を確認するために使います。
平時は、「洪水」だけでなく「内水」の想定を確認する
水害のハザードマップを見るときは、まず、何による浸水を表した地図なのかを確認してください。
川から水があふれる「洪水」の想定と、街の雨水を排水しきれない「内水」の想定は同じとは限りません。自治体によっては別々に公表しており、「洪水・内水ハザードマップ」のようにまとめている場合もあります。
- 対象の災害:「洪水」だけか、「内水」「雨水出水」も含むか。
- 想定の条件:どのような雨を想定し、どこまでを計算対象にしているか。
- 自分の生活範囲:自宅だけでなく、通勤・通学路、駐車場所、避難先までの道はどうか。
自治体の防災・下水道ページや、国土地理院の「ハザードマップポータルサイト」から探せます。「自治体名 内水 ハザードマップ」という言葉でも確認しやすくなります。
ただし、色が付いていない場所を「浸水しない場所」と読み替えないことも重要です。ハザードマップは一定の条件に基づく想定であり、実際の雨の降り方や排水状況によって、着色されていない場所が浸水したり、想定と異なる深さになったりすることがあります。
雨が降るときは、「場所の弱点」と「今の危険度」を重ねる
ハザードマップが平時に確認する想定なら、雨が強まってきたときには、その時点の危険度を確認する情報が必要です。
| 確認したいこと | 主な情報 |
|---|---|
| 雨がどこで強く、これからどう変わるか | 気象庁「今後の雨」 |
| 短時間強雨による浸水の危険度が高まっているか | 気象庁「浸水キキクル」 |
| 排水先の川が増水していないか | 気象庁「洪水キキクル」、国土交通省「川の防災情報」 |
浸水キキクルは、短時間強雨による浸水害の危険度を、1km四方ごとに5段階で示す情報です。10分ごとに更新され、表面雨量指数の実況値と1時間先までの予測値が使われています。仕組みと注意点は気象庁の「浸水キキクル」の解説で確認できます。
ただし、これは個々の道路の冠水状況や水深を、そのまま表示する地図ではありません。目の前のアンダーパスや建物入口の状態を一つずつ確認できるものではないため、現地の通行止め、警報表示、周囲の状況も見てください。
また、内水氾濫には「川の水位が高くて排水できない」仕組みもあります。雨の情報だけで完結させず、河川の危険度や水位も併せて確認することが、仕組みに沿った使い方です。
2026年からは「大雨キキクル」も加わった
2026年5月29日から、新たな防災気象情報の運用が始まりました。警報などには警戒レベルとの対応を示す数字が付き、「レベル3大雨警報」「レベル4大雨危険警報」などの名称で伝えられます。
また、浸水キキクルと洪水キキクルを重ね合わせた「大雨キキクル」も加わりました。浸水と洪水をまとめて見る入口ができましたが、必要に応じてそれぞれを確認する考え方は変わりません。変更の全体像は気象庁の「新たな防災気象情報について(令和8年~)」で確認できます。
これらは、避難指示が出るまで待つための情報ではありません。自治体からの避難情報に注意しつつ、まだ避難指示が出ていなくても、自分のいる場所の危険度に応じて安全確保を判断するために使います。
平時と大雨時では、やることが違う
排水口を確認するのは平時、冠水した場所を避けるのは大雨時です。備える時間と身を守る時間を分けましょう。
雨が降る前に、入口・置き場所・移動経路を確認する
排水設備があっても、雨水を取り込む入口が落ち葉やごみでふさがっていれば、十分に機能しません。川崎市上下水道局の「自分でできる対策を知ろう」は、雨水ますの詰まりに加え、プランターや車の乗り上げ台などで雨水の流れを妨げないよう呼びかけています。
- 排水の入口:安全な天候・場所で、見える範囲の落ち葉やごみ、流れを妨げる物を確認する。
- 低い場所の持ち物:浸水の可能性がある場所では、重要書類や電気製品などの置き場所を見直す。
- 移動経路:アンダーパスや低い道路を避ける道、移動を見送る条件、早めに移れる安全な場所を決めておく。
ただし、雨水を早く流そうとしてマンホールのふたを開けてはいけません。排水口の点検も、危険が迫ってから外へ出て行う作業ではありません。
街の対策は「流す・ためる・しみ込ませる」を組み合わせる
内水氾濫への対策は、下水道の管を太くすることだけではありません。
雨水管やポンプで排水する「流す」、貯留施設などで一時的に雨水を受け止める「ためる」、浸透施設などで地中へ戻す「しみ込ませる」を組み合わせ、排水施設へ集中する負担を減らします。国土交通省の「下水道による内水浸水対策について」では、こうした施設対策とハザードマップなどの情報提供を組み合わせる考え方が示されています。
ただし、施設が整備されていることは、どのような雨でも浸水しないという保証ではありません。設備による対策と、危険な場所を避ける行動は、どちらか一方でよいものではないのです。
浸水が始まったら、「見に行く」「取りに戻る」を優先しない
大雨のときは、地下室やアンダーパスに近づかないことが基本です。地下にいる場合も、水が流れ込んでからではなく、避難経路が安全なうちに、施設の案内などに従って離れることを考えます。
冠水した道路には、車でも徒歩でも安易に入らないでください。水の下では道路の端や側溝が見えず、マンホールのふたが外れている可能性もあります。見た目だけで深さや路面の状態を判断することは困難です。
外への移動が危険な段階では、今いる建物のより安全な上階などへ移る「緊急安全確保」が必要になる場合があります。ただし、これは安全が保証される行動ではありません。建物の倒壊や流失、土砂災害などの危険も考える必要があり、「2階に上がれば必ず大丈夫」とは言えません。
一方、あらかじめハザードマップなどで条件を確認し、浸水しない居室や備蓄を確保したうえで建物内にとどまる「屋内安全確保」は、追い詰められて上階へ移る行動とは異なります。詳しい区別は内閣府の「避難情報に関するガイドラインの改定(令和8年3月)」で確認できます。どこで安全を確保するかは、道路が水につかる前に考えておくことが重要です。
まとめ|川だけでなく、雨水の逃げ道を見る
内水氾濫は、川があふれる前でも起こります。短時間に大量の雨水が集まり、排水が追いつかなくなる場合と、排水先の川の水位が高くなり、街から水を出しにくくなる場合があるからです。
だから、大雨への備えでは、「家が川から何m離れているか」だけでなく、もう一つ問いを加えてみてください。
この場所に集まった雨水は、どこへ逃げていくのだろう。
晴れた日に、内水ハザードマップを確認する。自宅の入口や駐車場所が、周囲より低くなっていないかを見る。通勤・通学路に、冠水すると通れなくなる場所がないか考える。
内水氾濫の仕組みを知ることは、難しい専門用語を覚えることではありません。普段は見えていない雨水の流れを想像し、危険が迫ったときに、通る道を変える、出発を遅らせる、低い場所から早めに離れる判断につなげることです。
主な参考資料
- 国土交通省「下水道による内水浸水対策について」
- 国土交通省「内水浸水想定区域図作成マニュアル(案)」
- 気象庁「浸水キキクル」
- 気象庁「洪水キキクル」
- 気象庁「大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化」
- 気象庁「新たな防災気象情報について(令和8年~)」
- 内閣府「避難情報に関するガイドラインの改定(令和8年3月)」
- 川崎市上下水道局「自分でできる対策を知ろう」
- 足立区「大雨時はアンダーパス等の冠水にご注意ください」
※本記事は2026年9月7日時点で確認した制度・資料に基づく解説です。実際の災害時は、気象庁・河川管理者・自治体などの最新情報と、周囲の状況を確認してください。

