2026年9月22日、千葉県の印旛沼で堤防が決壊しました。県によると、成田市船形干拓の北印旛沼で約100m、沼へ流れ込む農業排水路・角川でも堤防の一部が決壊。23日夜には、沼と利根川を結ぶ長門川でも堤防の一部の決壊が確認されたと公表されています。[1]
9月23日の共同通信配信の記事によると、印旛沼の堤防決壊は1968年の管理開始後初めて。22日午前4時30分、佐倉市の水位計で過去最高の5.04mを観測したとされています。これは基準面からの水位であり、周辺の浸水の深さではありません。[2]
「治水対策が進んだ現代に、なぜ被害を防ぎきれなかったのか」
今回は、大雨に備えてあらかじめ水位を下げ、その後も排水を続けていた中での決壊でした。[3][2] この経過を考えるには、台風25号の雨だけでなく、印旛沼がどんな場所で、どのように水を逃がしてきたのか、そして今年、どれほど繰り返し雨が押し寄せたのかを見る必要があります。
歴史をたどると、見えてくるのは「水の逃げ道をつくり続けてきた地域」の姿です。
本稿は2026年9月23日夜までに確認した公表資料・報道に基づきます。被害情報・観測値には速報段階のものを含みます。

1.印旛沼が、洪水に悩まされてきた理由
もともとは、海につながる入り江だった
印旛沼は、最初から今の形をした淡水の沼だったわけではありません。古くは内海の一部で、その後、土砂の堆積や海の後退によって周囲が陸地となり、入り江が取り残されるように湖沼になっていきました。[4]
現在の印旛沼は、北印旛沼と西印旛沼を合わせて約11.55km²。一方、水を集める流域は、流域水循環健全化計画の資料では約541km²あります。目の前の水面より、はるかに広い地域に降った雨を受け止める場所なのです。[5]
沼のほとりで雨が弱まっても、別の場所に降った雨が川を通じて運ばれてきます。洪水を見るときには、「ここで何mm降ったか」だけでなく、「この沼につながる地域で、どれだけ降ったか」が重要になります。[6]
利根川の流れが変わり、水害の条件も変わった
江戸時代、利根川の流れを東へ向ける大規模な河川改修が進められました。1594年の工事に始まり、1654年には銚子方面へ通じる流れが整えられます。いわゆる「利根川東遷」です。[4]
その一方、印旛沼周辺では、利根川が増水すると水が逆流してくることが、水害の大きな要因になりました。流域に降った雨だけでなく、水の出口である利根川側の増水にも左右される。印旛沼の治水には、早くからこの難しさがありました。[4]
2.江戸時代の三度の挑戦と、昭和の大改造
「利根川へ出せないなら、海へ逃がす」
そこで考えられたのが、印旛沼から現在の新川・花見川方面へ水路を掘り、江戸湾、つまり今の東京湾へ水を流す計画です。洪水対策に加え、新田開発や舟運の目的も重なり、江戸時代には三度の大きな掘割工事が試みられました。[7]
- 1724年・享保の工事 平戸村の染谷源右衛門らが、平戸から検見川まで約17kmを結ぶ工事に着手しましたが、資金が続かず中断しました。
- 1780年代・天明の工事 田沼意次のもとで工事が進められました。しかし、1786年の大洪水で工事現場が破壊され、その後の田沼の罷免もあって事業は中止されました。
- 1843年・天保の工事 水野忠邦のもとで再び工事が始まりましたが、難工事と水野の失脚などにより完成には至りませんでした。工事の跡は、後の新川・花見川につながっていきます。[8][7]
「沼の水を海へ流す」という発想は、近年の防災対策で突然生まれたものではありません。今の排水ルートにつながる構想を、地域の人々は約300年前から形にしようとしていたのです。

昭和になっても、水路を掘るだけでは足りなかった
1922年には長門川逆水門が完成。戦後の1946年には、食料増産などを目的とする国営の干拓事業が始まりました。さらに1963年には、工業用水の需要なども取り込み、治水と利水を組み合わせる開発へ進みます。[8][9]
ここで重要なのが、海まで水路をつなげば、水が十分に流れるとは限らなかったことです。
印旛沼と東京湾の高低差は小さく、自然に流すだけでは十分な排水が期待できませんでした。水路沿いには軟弱な地盤もあり、大規模な掘削は容易ではありません。このため、途中の大和田に排水機場を設け、ポンプで水を送り出す計画へ見直されました。[9]
水資源機構の資料では1968年に水位管理が始まり、関東農政局の事業史では1969年に事業が完成したとされています。現在の北・西の二つの沼と、それらを結ぶ水路、周囲の干拓地は、この開発を経て形づくられました。[10][9]
それは、水害を減らすだけでなく、農地をつくり、農業・工業・暮らしに使う水を確保する事業でもありました。印旛沼の歴史は、余った水を逃がすことと、必要な水をためることを両立させてきた歴史でもあります。[10]
3.現代の治水を支える「二つの出口」と予備排水
利根川へ、そして東京湾へ
現在、印旛沼の水は、平常時には長門川を通って利根川へ流れます。しかし、利根川が増水して自然に排水できなくなると、水門を閉めて逆流を防ぎ、ポンプによる排水を行います。[11]
大きな役割を担うのが、次の二つの機場です。
- 印旛機場:利根川へ排水する。施設紹介に掲載された排水量は毎秒92m³。
- 大和田機場:新川側の水を花見川へ送り、東京湾へ排水する。施設紹介に掲載された排水量は毎秒120m³。[10]
利根川へ流すルートだけでなく、東京湾へ逃がすルートも持つ。この二方向の排水が、印旛沼の水位上昇を抑える仕組みです。上記は施設紹介上の値で、実際の運転流量や運転の組み合わせは、そのときの水位や状況によって変わります。[11][12]
大雨が来る前に、水位を下げておく
もう一つの対策が「予備排水」です。大雨が予想される段階で、あらかじめ沼の水位を下げ、これから流れ込む水を受け止める空間をつくります。
2020年には、予備排水を始める判断に使う流域の予測総雨量が、従来の150mm超から100mm超へ見直されました。より早く排水に取りかかれるようにする運用で、同年6月1日から試行的に開始されています。[13]
ただし、印旛沼は生活や産業の水源でもあるため、いつでも空にしておけるわけではありません。水を使うための水位と、洪水に備える余裕を、予報も使いながら調整しています。[11][13]
水位を抑えた効果は、被害の写真には写らない
2019年の台風19号について、水資源機構は、二つの機場による排水が堤防からの越水を防ぎ、さらに予備排水によって最高水位を約50cm低く抑えたと試算しています。実際の最高水位と、予備排水をしなかった場合の計算結果を比較したものです。[14]
こうした対策の効果は、被害の写真だけを見ていてもわかりません。越水を防ぎ、水位を抑えたことも、治水が残した結果です。
4.8月の豪雨、9月の長雨、そして台風25号
台風25号の前から、大規模な排水が繰り返されていた
2026年の経過を考えるうえで、特に重要なのが水資源機構の運転記録です。印旛機場と大和田機場の実績には、台風25号以前に、すでに二度の大きな出水への対応が記録されています。[12]
8月豪雨への対応では、記録に付された流域平均雨量は326mm。両機場は8月13~17日に排水運転を行い、総排水量は合わせて約6,545万m³でした。このときの最高水位は、沼平均で4.33m。すでに計画高水位4.25mを上回る出水を経験していました。[12][5]
9月上旬の大雨への対応では、流域平均雨量は248mm。印旛機場の運転は9月7日から14日まで、171時間26分に及びました。大和田機場の運転分も合わせると、総排水量は約4,852万m³です。[12]
台風25号を含めなくても、この二つの出水で排水した水は、合計約1億1,400万m³。「大雨が降ったから、その日だけポンプを動かした」という規模ではなかったことがわかります。
雨量は機構が各出水に付した流域平均値、排水量の合計は両機場の公表値から計算しました。運転期間と雨量の集計期間は同一とは限りません。[12]
千葉では、日降水量の歴代1位と2位が今年に集中した
ここからは、気象庁の千葉観測所の記録です。印旛沼の流域平均ではなく、千葉市で観測された雨として区別して見ていきます。
8月13日の日降水量は351.0mm、9月21日は309.5mm。千葉の統計では、それぞれ歴代1位と2位です。約1か月余りの間に、観測史上の上位二つに入る大雨が発生しました。[15]
8月豪雨は、上空の寒気と暖かく湿った空気によって大気の状態が非常に不安定になった事例です。そこへ9月の長雨や大雨、さらに台風25号の雨が重なりました。同じ雨雲がずっと居座ったというより、異なる大雨が次々と現れた夏から秋と捉えたほうが実態に近いでしょう。[16][17][18]
9月3~13日は、11日連続で1mm以上の雨
強い雨の日だけが問題だったわけではありません。千葉では、9月3~13日に11日連続で日降水量1mm以上を観測しています。この11日間だけで250.0mm。9月1~22日の22日間では、1mm以上の雨が降った日は17日ありました。いずれも気象庁の日別値から集計したものです。[17]
9月の降水量は21日までに704.0mmとなり、月が終わる前に、従来の月間最多だった1991年10月の607.5mmを超えました。年初からの累計も2,038.0mmに達し、1991年の年間1,910.5mmを上回っています。[19][15]
雨の途切れた日はあります。それでも、大雨の日と、その間を埋めるような雨の日の多さは、今年の特徴として記録しておくべきでしょう。台風25号を、それまでの雨から切り離した「一度だけの豪雨」として見るだけでは、地域が経験した経過を捉えきれません。
5.予備排水をしても、防ぎきれなかった大雨
9月17日から、台風に備えて水位を下げていた
水資源機構の排水状況資料によると、今回の予備排水は9月17日19時40分に開始されました。20日7時、資料で降雨開始とされた時点の沼平均水位はY.P.2.03m。図に示された予備排水の最低水位2.00mに近いところまで下がっていました。[3]
つまり、沼には事前に水を受け止める余地をつくっていたのです。共同通信の報道では、水位が上がった20日夜から、利根川と東京湾へのポンプ排水も行っていたとされています。[2]
約4,500万m³を排水しても、水位は計画を超えた
今回の対応で排水した水は、22日22時までに約4,500万m³。予備排水から降雨中・降雨後までを含む累計で、水資源機構は、印旛沼の貯水量約1,970万m³の「2杯分以上」に当たると説明しています。[3]

それでも沼平均水位は、22日4時にY.P.4.93mまで上昇しました。計画高水位4.25mを、68cm上回る水位です。冒頭の5.04mは佐倉市の水位計の値で、ここでの4.93mは沼平均。観測地点の値と平均値は、区別して読む必要があります。[3][5][2]
なお、4.25mは治水計画上の基準となる水位で、堤防の天端の高さや「超えた瞬間に壊れる境界」ではありません。8月の豪雨ではこの水位を超えても決壊しませんでしたが、今回はそれよりさらに高い水位に達しました。[5][12][2]
沼の水位を下げても、流域の地面がすぐに乾くわけではない
今回の背景について、共同通信の報道は、水資源機構の担当者の次の説明を伝えています。
「計画の想定を超える雨量だった。8月から続いた雨で土中の水分量が多かったことも一因ではないか」[2]
ここで注目したいのは、台風による雨量だけでなく、それまでの雨で地面に残っていた水分にも、管理者が目を向けていることです。
降った雨は地表を流れるだけでなく、地中に入り、時間をかけて川へ出ていきます。地面がすでに多くの水を含んでいれば、次の雨を一時的にためる余地が小さくなり、雨水が流出に回りやすくなります。気象庁が洪水の危険度を計算する仕組みにも、雨が地表や地中を通って川へ集まる過程が取り入れられています。[20][6]
沼の水位を下げることと、流域の地面に残る水を減らすことは、同じではありません。雨量計は日付で区切れても、地面の中の水は、日付が変わった瞬間にはなくならない。この時間差が、続く雨を考えるうえで重要です。
「強い雨」と「繰り返す雨」を、一つながりで見る
印旛沼は約541km²の流域から水を集めています。仮に流域全体に100mmの雨が降れば、雨そのものの体積は約5,400万m³になります。全量が一度に沼へ入るわけではありませんが、広い地域の雨が川を通じて集まる規模をイメージできます。[5][6]
入ってくる水が出ていく水を上回れば、排水を続けていても水位は上がります。今回、計画の想定を超える雨量に、先行降雨で土中の水分が多かった影響も加わった可能性が、管理者から指摘されています。事前に水位を下げ、排水を続けても、水位上昇と被害を防ぎきれなかったという経過を、雨の積み重なりとともに記録しておく必要があります。[3][2][1]

先行降雨が水位上昇にどの程度寄与したか、各堤防が壊れた直接の仕組みは、運転記録や現地調査と照合して検証していく部分です。「8月から流域全体がずっと飽和していた」と断定するのではなく、管理者も挙げた重要な要因として見ていきます。[2][1]
6.300年の歴史から、これからの備えを考える
施設を更新し、雨が流れ込む側にも目を向ける
対策は、昭和の開発で終わったわけではありません。現在も印旛沼二期農業水利事業として、老朽化した農業用の用排水施設の改修・再編などが進められています。公表されている予定工期は、2010年度から2028年度です。沼周辺の低い農地から水を排出する施設も、地域の水管理を支えています。[21][22]
また、印旛沼の堤防は軟弱な地盤上に築かれており、地盤沈下などへの対応は以前から課題とされてきました。今回の決壊原因をそれだけで説明することはできませんが、雨量だけでなく、堤防や地盤の状態を確かめることも欠かせません。[23]
一方、流域の市街化によって雨が地下に入りにくくなり、短時間に水が集まりやすくなる問題もあります。流域では、雨水を地下へ浸透させる施設や、いったんためる施設の設置を促す「印旛沼ルール」などの取り組みが行われてきました。[24]
沼から水を出す力を維持することと、沼へ一気に水を集めすぎないこと。治水には、その両方が必要です。ただし、浸透施設や貯留施設も万能ではなく、地盤や周辺の安全条件に合う場所・方法で整備する必要があります。[24]
「治水があったのに」ではなく、その働きと限界を残す
今回の被害を、「昔から水害が多い場所だから」で片付けることも、「これだけ対策したのだから防げるはずだった」と単純化することもできません。
江戸時代に繰り返し掘られた水路は、昭和のポンプや水門へとつながり、さらに予報を使う予備排水、施設の更新へと引き継がれてきました。今年もその仕組みが、8月の豪雨、9月上旬の大雨、そして台風25号に対応していました。[8][9][13][12][3]
それでも、9月22日には堤防決壊と浸水が起きました。対策の働きがあったことと、被害を防ぎきれなかったことは、同時に成り立ちます。[1]
今後の対策を考えるときには、最後の豪雨だけでなく、そこへ至る雨の積み重なり、排水できる時間、そして堤防の状態まで含めて検証することが大切です。
水を逃がすために重ねてきた300年。その歴史の続きを考えるうえで、2026年の印旛沼は、「どれほど強く降ったか」とともに、「どれほど繰り返し降ったか」を記録する大切さを、私たちに問いかけています。
関連記事
台風25号による千葉・大島の雨量記録と被害の全体像は、BousaiWxLabの関連記事で整理しています。[25]
#印旛沼 #治水 #千葉豪雨 #台風25号 #防災 #BousaiWxLab
参考資料・出典
確認日:2026年9月23日。今回の更新では、水資源機構の台風25号排水状況資料、同日20時13分掲載の共同通信配信記事、同日21時30分更新の千葉県発表を反映しました。観測値・被害情報は今後修正される可能性があります。雨量・排水量の合計と水位差は、公表値から集計・計算しています。
- 千葉県「北印旛沼の堤防決壊について」2026年9月23日、21時30分更新。北印旛沼・角川の22日の決壊、長門川の堤防決壊の追加確認、緊急復旧への対応。長門川の決壊の発生時刻は、この資料だけでは特定していません。 https://www.pref.chiba.lg.jp/kendosei/press/2026/kitainba.html ↩
- 共同通信配信/日本経済新聞「台風25号、千葉・印旛沼が最高水位観測し決壊 1968年の管理開始後初」2026年9月23日20時13分。掲載画面の提供資料で本文を確認。管理開始後初の決壊、佐倉市の水位計で22日4時30分に5.04m、17日からの予備排水、20日夜からのポンプ排水、計画の想定を超える雨量と8月以降の先行降雨についての担当者説明。土中水分の影響は「一因ではないか」という見解として扱っています。記事URLは確認できていないため、推測したURLは記載していません。 ↩
- 水資源機構「台風25号 印旛沼における排水状況」2026年9月23日作成、排水量は9月22日22時時点。本文と図を確認。17日19時40分に予備排水開始、20日7時の沼平均水位Y.P.2.03m、22日4時の最高沼平均水位Y.P.4.93m、累積排水量約4,500万m³。約1,970万m³を用いた「2杯分以上」は機構の説明です。報道された佐倉市の水位計の5.04mとは、時刻・集計対象が異なります。 https://www.water.go.jp/kinkyu/1000_inba.pdf ↩
- 農林水産省関東農政局「開拓維新記」印刷ページ3〜6。沼の成り立ち、利根川東遷、江戸時代の三度の掘割工事。 https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kokuei/inba/keii/pdf/ishinnki.pdf ↩
- 印旛沼流域水循環健全化会議「印旛沼流域水循環健全化計画」巻頭資料、PDF6ページ目。流域面積541.1km²、湖面積11.55km²、計画高水位Y.P.4.25m、計画堤防高5.4m。計画高水位と堤防天端を同一視していません。水質保全上の指定地域約494km²とは対象範囲が異なります。 https://inba-numa.com/wp/wp-content/uploads/2022/03/kenzenka_2022_00.pdf ↩
- 気象庁「流域雨量指数」。雨水の流出・流下と、土地利用や地質による違い。 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/ryuikishisu.html ↩
- 公益財団法人印旛沼環境基金「第1章 印旛沼の歴史」。印旛沼の変遷、享保・天明・天保の掘割工事。 https://www.i-kouiki.jp/imbanuma/environment01.html ↩
- 農林水産省関東農政局「1. 近代までの開発経緯」。三度の掘割、1922年の逆水門、1946年の国営事業着手。天保工事は本文と印旛沼環境基金の記述に基づき1843年としました。 https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kokuei/inba/keii/01.html ↩
- 農林水産省関東農政局「2. 悲願の事業 印旛沼干拓土地改良事業」。計画変更、大和田機場の導入、1969年の事業完成。 https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kokuei/inba/keii/02.html ↩
- 水資源機構「Inbanuma Development」。1968年4月の管理開始、印旛機場92m³/s・大和田機場120m³/sなどの施設諸元。 https://www.water.go.jp/honsya/honsya/english/dams/kan_c_inbanuma.html ↩
- 水資源機構千葉用水総合管理所「印旛沼開発事業」。排水経路、逆流防止、水位管理。 https://www.water.go.jp/kanto/chiba/inba/inbanumakaihatsumain.html ↩
- 水資源機構千葉用水総合管理所「印旛機場・大和田機場運転データ」。8月の両機場合計は29,050,489+36,399,583=65,450,072m³、9月上旬は27,302,505+21,213,310=48,515,815m³。二つの出水で113,965,887m³(約1億1,400万m³)。雨量326mm・248mmは各出水に付された流域平均値です。最高水位は沼平均で、8月4.33m、9月上旬3.28m。参照時の一覧は9月14日までの出水記録で、台風25号の対応は別途公表された排水状況資料を参照しています。 https://www.water.go.jp/kanto/chiba/frame/kanri/kijo.html ↩
- 水資源機構千葉用水総合管理所「印旛沼における予備排水の運用見直しについて」2020年5月29日。6月1日から試行。予測総雨量の開始基準150mm超→100mm超。2026年台風25号時の実際の操作経過を示す資料ではありません。 https://www.water.go.jp/kanto/chiba/frame/kishahappyou/pdf/20200529_yobihaisuiminaosi.pdf ↩
- 水資源機構「台風19号接近に伴う印旛沼における排水機場の運転状況等」2019年10月18日、特にPDF3ページ目。実際の最高水位Y.P.2.74m、予備排水なしの推計Y.P.3.23m。約50cmは実測値と計算結果との比較です。 https://www.water.go.jp/honsya/honsya/bousai/r1typhoon/pdf/191018_chiba.pdf ↩
- 気象庁「千葉 観測史上1〜10位の値」。日降水量351.0mm(2026年8月13日)・309.5mm(9月21日)、月降水量704.0mm、年降水量2,038.0mm。2026年の月・年の値は途中値です。 https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/view/rank_s.php?prec_no=45&block_no=47682&year=&month=&day=&view= ↩
- 気象庁「令和8年8月千葉豪雨による大雨の状況について」2026年9月16日。対象期間は8月13〜14日。 https://www.jma.go.jp/jma/press/2609/16a/20260916_saimota.html ↩
- 気象庁「千葉 2026年9月(日ごとの値)」。日降水量1mm以上は9月3〜13日の11日連続(計250.0mm)、9月1〜22日の17日。連続降雨の歴代順位は未検証です。9月14日は0.0mm、18日・22日は降水なしでした。 https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/view/daily_s1.php?block_no=47682&day=&month=9&prec_no=45&view=p1&year=2026 ↩
- 国土交通省「令和8年台風第25号による被害状況等について(第7報)」2026年9月23日9:00現在。 https://www.mlit.go.jp/common/002023928.pdf ↩
- 気象庁「千葉 2026年(月ごとの値)」。8月467.0mm、9月704.0mm(途中値)。年初から9月21日までの累計は2,038.0mm。22日は降水がなく、同日時点も同じ累計です。 https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/view/monthly_s1.php?prec_no=45&block_no=47682&year=2026&month=&day=&view= ↩
- 気象庁「土壌雨量指数」。雨が地中に蓄積する仕組みを説明するために参照。今回の流域の実際の指数値や、堤防の決壊原因を直接示す資料ではありません。 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/dojoshisu.html ↩
- 農林水産省関東農政局「印旛沼二期農業水利事業 事業の概要」。農業用の用排水施設の改修・再編、予定工期2010〜2028年度。印旛機場・大和田機場の全面的な能力増強事業と同一視していません。 https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kokuei/inba/gaiyo/01.html ↩
- 農林水産省関東農政局「3. 新たな地域課題と印旛沼二期の目的」。流域の変化、低地農地の排水、農業用施設の課題。 https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kokuei/inba/keii/03.html ↩
- 公益財団法人印旛沼環境基金「第2章 印旛沼のあらまし」。堤防の地盤条件・維持管理上の課題。 https://www.i-kouiki.jp/imbanuma/environment02.html ↩
- 印旛沼流域水循環健全化会議「印旛沼ルール」。雨水浸透・貯留施設の促進、設置に適さない場所への配慮。 https://inba-numa.com/torikumishoukai2/torikumi/inbarule/ ↩

